石が語るアンコール遺跡 ―岩石学からみた世界遺産 (早稲田大学学術叢書) [単行本]
内田 悦生 (著), 下田 一太(コラム執筆) (著)
内容紹介
アンコール遺跡では、石材が遺跡建造に関する多くの重要な謎を語る。文化財科学による最新の調査・研究成果をわかりやすく解説するほか、建築学の視点からみた遺跡にまつわるコラムを掲載。専門家のみならず、一般の読者が世界遺産を堪能するための必携書。
単行本: 268ページ
出版社: 早稲田大学出版部; A5版 (2011/3/30)
言語 日本語
ISBN-10: 4657117041
ISBN-13: 978-4657117045
発売日: 2011/3/30
商品の寸法: 21.4 x 15.4 x 2.2 cm
書評
はじめに
アンコール遺跡はどうやって造られたのだろうか。つまり、当時の人々は、どのような建築知識・技術を持っていたのだろうか。これまで、アンコール遺跡について、建築、美術、碑文、宗教を主眼とした研究がなされてきたが、材料学についてはあまり触れられてこなかった。
そのため、意匠から石材について議論する場合、多くの未解決な事項があった。例えば、サンボー・プレイ・クック遺跡のある祠堂内部は砂岩表面が黒く変色しており、それは内部で護摩焚きの様な儀式を行なっていたため変色したと、数年前まである小規模な学会でも言われてきた。しかし、それは天井裏の迫出し屋根部分にも続いており、説明がつかなかった。私もその時点では、ただ不思議に思っていただけだった。だが、本書を読んでみると、それはマンガン酸化細菌による活動によってマンガン酸化物が沈着し、黒くなる現象であることが分かり、自身の中でスッキリと解決した。このように、他の専門分野から調査を行うと、新たな知見が開け、研究が大きく前進するのである。
本書は、全く異なった切り口でアンコール遺跡の解明に迫ったのであり、その成果は非常に大きい。
本書は、全く異なった切り口でアンコール遺跡の解明に迫ったのであり、その成果は非常に大きい。
著者について
著者は、日本国政府アンコール遺跡救済チーム(以下、JSA)の団員として、1994年より現地調査を30回以上行い、また、調査した石材は10万個近くに達する。本来の専門は、岩石・鉱物・鉱床学であるが、JSAの活動をきっかけに文化財科学も専門とされている。
本書の特徴
本書の新たな見解は、大きな事として次の2点である。
1、 砂岩材・ラテライト材の帯磁率によりアンコール時代の遺跡の建造時期や建造順序をある程度推定できたこと。
2、遺跡の修復・保存にとって重要な事項である石材の劣化機構について解明できたこと。
本書の内容
1、帯磁率
砂岩の構成物の一つとして磁鉄鉱があり、堆積場所によって濃縮度に違いが生じる。アンコール遺跡の主要石材は、同じ鉱物組成および化学組成でありながら、石切り場によって帯磁率が異なる。そこから、アンコール時代において7つの石切り場が存在し、その組み合わせによって11の時期に分けることができる。ラテライトの場合は、赤鉄鉱および針鉄鉱によって5つの石切り場が存在していたことが明らかになった。その結果、ひとつの遺跡の増改築の過程を客観的に明らかにすることに成功した。
これは、バイヨンのように頻繁に拡張が行われた遺跡に大きな成果をもたらした。それに加え、同時代に建造された遺跡間における部位単位の建造時期の対比も可能となった。例えば、バイヨンの中央祠堂と同時期に、バンテアイ・クデイの中央祠堂が建造されていることが明らかになった。
また、従来の意匠論からバプーオンの空中参道は、バイヨン期末期以降に増築されたものであると言われてきたが、 帯磁率から遺跡の建造時とほぼ同じ時期に構築されたことが明らかとなった。
2、石材の劣化
アンコール・ワット十字回廊の柱材下部は、表面が剥離してすぼんだ形状となっている。これは、コウモリの糞による塩類風化である。糞に含まれるイオウやリンが雨水の毛細管現象により上昇し、蒸散すると石膏や各種リン酸塩鉱物として石材表面近くで析出する。その塩類による結晶圧が石材表面を膨張さ破壊していくのである。この種の塩類風化は、各遺跡に柱・壁。塔など様々ところで見られる。
また、砂岩中に含まれるカルシウム分が雨水に溶かされ、蒸発する際に方解石として石材表面近くで析出し、これが剥離を引き起こしている。これは、プノン・バケンの基壇に顕著に見られる。
さらに、バイヨン外回廊の柱のアプサラは溶けていスベスベになっている。観光客の目に付きやすい場所にあるためよく写真に撮られているが、これはタフォニ現象によるものである。
最後に
アンコール・ワットは、最大規模を誇り、また建築様式や精緻な彫刻からも完成度が高い遺跡として評価されてきた。それに加えて、本書では具体的な言及はされていないが、石材技術においてもその頂点であると私は感じた。
石材の形は、初期は正方形に近く、時代とともに薄く、扁平になる傾向がある。アンコール・ワットにおいては、正方形・長方形の両者の使用が認められる。さらに、中心部では非常に大きな石材が使われている。
また、砂岩・ラテライトの層理面方向について、バプーオンまでは意識されていなかったが、アンコール・ワットになると層理面方向と圧縮強度の関係を意識した石材の積み方がなされている。
さらに、石材の加工精度もアンコール・ワット、バイヨン初期まで水平目地が揃うように整層積され、角がしっかりと出ており、石材間の隙間もほとんど見られない。
本書の内容は、多くの事項が新鮮であり、非常にまとまった構成となっている。遺跡を科学的に知りたいと思う人にとっては有益な携行本であるこはまちがいない。
本書の特徴
本書の新たな見解は、大きな事として次の2点である。
1、 砂岩材・ラテライト材の帯磁率によりアンコール時代の遺跡の建造時期や建造順序をある程度推定できたこと。
2、遺跡の修復・保存にとって重要な事項である石材の劣化機構について解明できたこと。
本書の内容
1、帯磁率
砂岩の構成物の一つとして磁鉄鉱があり、堆積場所によって濃縮度に違いが生じる。アンコール遺跡の主要石材は、同じ鉱物組成および化学組成でありながら、石切り場によって帯磁率が異なる。そこから、アンコール時代において7つの石切り場が存在し、その組み合わせによって11の時期に分けることができる。ラテライトの場合は、赤鉄鉱および針鉄鉱によって5つの石切り場が存在していたことが明らかになった。その結果、ひとつの遺跡の増改築の過程を客観的に明らかにすることに成功した。
これは、バイヨンのように頻繁に拡張が行われた遺跡に大きな成果をもたらした。それに加え、同時代に建造された遺跡間における部位単位の建造時期の対比も可能となった。例えば、バイヨンの中央祠堂と同時期に、バンテアイ・クデイの中央祠堂が建造されていることが明らかになった。
また、従来の意匠論からバプーオンの空中参道は、バイヨン期末期以降に増築されたものであると言われてきたが、 帯磁率から遺跡の建造時とほぼ同じ時期に構築されたことが明らかとなった。
2、石材の劣化
アンコール・ワット十字回廊の柱材下部は、表面が剥離してすぼんだ形状となっている。これは、コウモリの糞による塩類風化である。糞に含まれるイオウやリンが雨水の毛細管現象により上昇し、蒸散すると石膏や各種リン酸塩鉱物として石材表面近くで析出する。その塩類による結晶圧が石材表面を膨張さ破壊していくのである。この種の塩類風化は、各遺跡に柱・壁。塔など様々ところで見られる。
また、砂岩中に含まれるカルシウム分が雨水に溶かされ、蒸発する際に方解石として石材表面近くで析出し、これが剥離を引き起こしている。これは、プノン・バケンの基壇に顕著に見られる。
さらに、バイヨン外回廊の柱のアプサラは溶けていスベスベになっている。観光客の目に付きやすい場所にあるためよく写真に撮られているが、これはタフォニ現象によるものである。
最後に
アンコール・ワットは、最大規模を誇り、また建築様式や精緻な彫刻からも完成度が高い遺跡として評価されてきた。それに加えて、本書では具体的な言及はされていないが、石材技術においてもその頂点であると私は感じた。
石材の形は、初期は正方形に近く、時代とともに薄く、扁平になる傾向がある。アンコール・ワットにおいては、正方形・長方形の両者の使用が認められる。さらに、中心部では非常に大きな石材が使われている。
また、砂岩・ラテライトの層理面方向について、バプーオンまでは意識されていなかったが、アンコール・ワットになると層理面方向と圧縮強度の関係を意識した石材の積み方がなされている。
さらに、石材の加工精度もアンコール・ワット、バイヨン初期まで水平目地が揃うように整層積され、角がしっかりと出ており、石材間の隙間もほとんど見られない。
本書の内容は、多くの事項が新鮮であり、非常にまとまった構成となっている。遺跡を科学的に知りたいと思う人にとっては有益な携行本であるこはまちがいない。
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